頭上を舞う戦闘機が、散らされた手紙のようにほどけていく。何十年も東京を見下ろしてきた電波塔が、悲鳴とともに倒れていく。客人の出迎えはすべて失敗に終わった。人々に仰がれてきた価値の象徴が、あっけなく払い落とされていく光景を前に、私はふと、自分の過去を重ねていた。

 あまり大きな声では言えないが、私は十代の半ばまで、いわゆるブンドド遊びをしていた。セリフや効果音を空想で補いつつおもちゃを動かす、あの遊びだ。
 プラモデルのロボットをガチャガチャと動かしながら、私は部屋の隅でひとり、宇宙を組み立てていた。指先に伝わる硬質な感触の奥で、あるときは核融合炉の熱が脈打ち、あるときはガスタービンの唸りが響き、またあるときは、地球外生命体が遺した未知の構造体が呼吸していた。プラスチックの機体の内部には、たしかに無尽蔵のエネルギーがあった。私はそれを、手のひらで感じていた。
 たぶん、自分であって自分でない、誰かが欲しかったのだと思う。その頼もしいロボットは、現実世界のどうしようもなさ──母親に甘えられず、父親に頼れなかった少年時代の孤独に寄り添ってくれていた。だからだろうか。少なくとも、あのころは退屈で死にたいと思うことはあまりなかった。苦しくて死にたくなることは、ままあったけれど。
 しかし、その遊びもいつの間にかやめてしまった。自分の幼さに恥ずかしさを感じていたから──というのも事実だが、本当の理由は別にあった。プラスチックの合わせ目。かつては見えなかったそれが、大人に近づくにつれ、自然と目に留まるようになったのだ。継ぎ目を爪でなぞると、かすかな段差が乾いた音を立てる。カリッ、……カリッ。その音を聞くたび、私のなかの宇宙が少しずつしぼんだ。頼もしいロボットは、ただの素材へと──粗末なプラスチックの集合へと、戻っていった。

「ぜんぜん、来てくれないっすね」
「──? なにか言いました?」
 高価な戦闘機がまたひとつ、ひらひらと舞い落ちた。部屋に明滅が走る。巨大なモニターが、何千回と流してきたコマーシャルを最後に沈黙する。
 耳をそばだてると、彼女は肩をすくめ、弱音を繰り返した。先ほどから仲間がマイクに向かって呼びかけを続けてくれているが、今のところ、誰も駆けつけてはくれない。
「……もう少し、我慢しようか」
 私はもう一人の背中に、息を押し殺すように声を掛けた。地面に横たわる彼は、苦悶に咽びつつ、震える首を縦に振った。足もとには、痛々しく砕けたブロックやガラクタが散らばっている。私たちは途方に暮れていた。肉体の大きさも、過ごしてきた世界もまるで違う暴れん坊に、どう向き合えというのだろう。いつまで彼は、苦しみに臥していなければならないのだろう。
 彼に掛ける次の言葉を探していたそのとき。ふと、その視線の先──マイクと通信機器のそばに、あるものが転がっていることに気がついた。
「……興味があるのか?」
 シーグラス。それは、色のついた小石とも、光を失った宝石とも見えた。私はそれを彼女から受け取り、そっと彼の手のひらに置いた。
「変わってるな。今日君に見つからなかったら、裏の駐車場にでも投げ捨てられていただろう」
 彼はそれを見つめ、何かを探すように瞬きをした。沈黙が、ゆっくりと場を満たしていく。戦闘機も電波塔もモニターの明滅もブロックも──彼の視界から、遠ざかる。そして、なんでもない小石だけが、世界の中心に残った。
 その光景は、少年時代のあの音を想起させた。私を現実世界へと引き戻す、乾いた音。しかし、幼いころの私がそれに気が付かなかったというのは、間違いだったのかもしれない。

沈黙を裂いたのは、控えめなノックだった。
「来た! 来たよ!」
 彼はばね仕掛けのように跳ね起き、扉の向こうへ駆けていく。そこには、アパレルショップの紙袋を腕に提げ、肩で息をする女性が立っていた。度重なるアナウンスがようやく功を奏したようだ。何度も頭を下げるその背を見送ると、案内係の同僚は先ほど消した壁のモニターに再び電源を入れ、子ども向けのアニメから民放へと切り替えた。
「お母さん見つかってよかったっすね。努力の甲斐は、あんまり無かったですけど」
「んー」
 どうせ、この耳は半分も聞き取れない。私は生返事をして杖を突き、ベンチクッションに散ったブロックと、館内ガイドや商品カタログから切り抜いた玩具や観光名所の写真を掻き集めた。絵本、タブレット、音の出る人形――思いつく限りを差し出したが、効いたのは一片の石だけだった。同僚が一階ロビーの工芸体験で受け取ってきた、淡い青のシーグラス。まったく、最近の子どもの嗜好はわからない。半世紀以上も離れていると、まるで宇宙人を相手にしているような気分になる。
 少年はシーグラスを握ったまま安堵の笑みをこぼし、振り返りもせず母の手に引かれていった。小さな拳の中でその石は鈍く屈折し、いまも彼の視線を独り占めにしているのだろう。
 この世界は退屈で、寄る辺ない。ショッピングモールのカタログがどれほど眩しくても、母を見失った瞬間、それは紙くずに変わる。
 『頼もしい味方』が姿を現すのは、そんな孤独の井戸の底だ。丸み、擦り傷、光の屈折、ここに至るまでの物語――どれも凡庸に過ぎない、ありふれたただの石。にもかかわらず、彼のまなざしは、その石のかけがえのなさを──自分の分身を、目にしていたのだと思う。
 幼いころ、私は合わせ目が見えていなかったわけではないのかもしれない。見えていても、きっとどうでもよかったのだ。少年が石の素っ気なさに頓着しないのと同じように。私は、この手のひらにあるものが、ただそこにいてくれている、ということに陶酔していた。自分の求めていた価値が、現実世界のつまらなさと無関係であることを、ロボットが教えてくれているような気がして。